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 『切ない10title・4』 配布元

 ――それがあまりにももどかしくて


01.忘れたいのに忘れられない

 どうして人と言うものは忘れたい記憶が残ってしまうのだろうか。
 それを忘れてはならない戒めか、忘れては意味のない記憶なのか。
 俺は、俺の奥底に問いかける。
 『今目の前にある記憶は、消してしまっても良い記憶か?』と。
 答えは全て否定にしかならない。
 今目の前で、他の男に笑いかけるお前の姿を忘れられる筈がない。
 お前との記憶を…あの日、俺を暗闇から救ってくれたお前の記憶を失う訳にはいかない。
 あの笑顔を、あの涙を、あの光を
 忘れられる訳がない。
 でも……お前が他の男の元に行くのなら、強制的にでもお前を忘れなければならない。
 そうでもしないと嫉妬に狂ってその男を殺しかねないから。
 それでお前の顔を曇らせたくない。
 曇らせたくないのに

 何故俺はお前の目の前で、その男を殺す夢を見るのか。

 その男にお前を譲って幸せにしたい気持ちより
 お前を独占したい気持ちの方が、強いのか?

 そんな事、許されない。
 お前とは縁を切らなければならないのに。
 ならない、なのに。

 奥底に渦巻く黒い感情は何だ?

 抑圧しなければ爆発しかねないこの感情は何だ?

 抑圧しなければ、抑圧しなければ
 そう考えるといつも何かに手を伸ばす。
 感情を押し殺そうとして小刀を握り

 自分の手首を傷付ける。

 滴り落ちる己の血を、ぼんやりと眺めた。


 なぁ
 俺がこんな事している間にお前は、あの女の笑顔を独占しているのだろう?
 ポタポタ垂れる紅い雫は何を訴える?

 手は他者の交流を許す部位。
 傷付けるは交流の葛藤。
 こんな事をしても、そんな葛藤を終わらせる事は出来ない。

 ――どんなに俺が傷付いても、お前は気付かずにあの男に笑顔を見せるんだろう。

――――――――――――――――――――――――――

 ――お前以外の他人なんて必要ない


02.代替不可能 (虎杖秋鹿)

「虎杖君にとって私ってどう言う存在なの?」
 ある日の昼下がり、上はそんな事を聞いてきた。
「どーうなんでぇすかー?」
 ズイッと顔を近づけて上目遣いで再度問いかける。
「どういう存在?」
 顔をしかめて、少し考える素振りを見せる。
 しばらく考えて
「幼馴染以外に何かあるのか?」
「他には?」
「他には…そうだな、いつも昼飯作ってくれるからありがたい。」
「それだけ?」
「それだけ。」
 飄々とした態度で返すと上の手がワナワナと震えた。
「虎杖君の、バカァ―――――ッ!!!」
 意味不明に俺はハリセンで叩かれ
 泣き喚きながら上は屋上から出て行った。
「? ??」
 俺はただ訳も解らず、首をかしげることしか出来なかった。

 そんな事から数時間が経過して、放課後となった。

 昇降口の下駄箱に封筒が入っていた。
 内容を読めば、『体育館裏で待つ』なんて書かれているから来てみれば
「虎杖秋鹿君!私と付き合ってください!!」
 とか言われる始末。
「興味ない。」
「あの…そんな即行返されても私困ります!」
「何だ返事と言うものは早めに返すものと習わなかったのか?」
「そうですけど……」
「なら良いだろう」
「え、と…んじゃもう一つ」
「何だ?」

「蜩上さんは、貴方の何なのですか?」

 昼休み
 『幼馴染』と返したら殴られた。
 他に、他に何かないだろうか……。
 少し髪を掻き揚げる。
「そうだな…」
 ポツリと、答えた

 ――『替えのきかない大切な他人』

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 ――それが大切な女なら、尚の事離れないといけないんだ。


03.手を離す (杉波拳)

「ねぇ拳、今日も遊べないの?」
「ワリィな、今日も御祓いの仕事あるんだ。」
 ごめんなと付け加え、オレはソイツの…林の髪をワシャワシャと乱す。
「むぅ…んじゃ、仕事終わったら遊んでよー?」
「ん。解った。」
 頬を膨らます林を肩越しに見て笑い、俺は背を向け、仕事場のほうへ向かった。
 …本当はもう一つ理由がある。
 林、お前の事を想っているからオレはお前と距離を置かなくてはならないんだ。

 男はいつか女を喰らう狼と化す。
 俺も大人になればそういうものになる可能性は否定できない。

 大切だから、傷付けたくない。

 だから、距離を置く。

 お前とは違う中学に行き、生活の為に仕事を増やす。
 全ては少しでもお前から離れられるように。

 お前の事が好きなのは解る、自覚してた。
 最初はその笑顔が見れるだけでよかったのに、最近それだけじゃ満たされなくなっている。
 ……貪欲になり始めている。
 相談相手になる家族がいないから、自分で考え、見つけた結果がコレだ。

 だからそんな寂しそうな顔をするな、オレの良心が痛むから。
 お前と距離を置いて、少しでもお前を護れたら良いと思っているんだよ。
 だから近付こうと考えないでくれ。

 ――お前を喰らってしまいそうだから。

――――――――――――――――――――――――――

 ――空から落ちるは涙を隠すもの


04.冷たい雨の中 (首極悧瓏)

 ポツポツと
 シトシトと
 パラパラと
 雨は降る。
 雨は勢いを増し、雨音は大きく土砂降りと化す。
 周囲は冷たく痛い突然の雨にビックリし、「傘持ってないのにー」と迷惑がる。

 僕はこういう土砂降りが好きだ。

「……」
 勢いを増せ、そう切に願う節がある。
 例え冷たくても
 例え痛くても、構わない。
 僕にとっての雨はただ伝う涙を隠すためのもの。
「……ぁ」
 悔しさから、悲しさから出てくるそれを、周囲に見られたくないが為に
 押し殺して
 抑圧して
 雨になってようやくそれを開放する。

 『雨が降った』と言い訳が出来るから
 どんなに泣いても、そうやって理由が付けられるから。
 傘を差さず、ただ雨に紛れて涙を流す。

 ――僕の押し殺された感情が溢れ出る瞬間。

――――――――――――――――――――――――――

 ――あまり手を出されると何処にあったかが判らなくなる。


05.確かにここにあったはずなのに (神剣蒼伊)

 俺は本棚の隙間を見た。
 ない。
 次に棚の上を見た。
 …ない。
 最後に机の中を見た。
 やっぱり…ない。
「何やってるんですか蒼伊兄様」
 兄の奇行を見かねたのか、下の弟・志爛が溜息を吐く。
「んー、最近買った本が見つからなくてよ。」
 そう弟に返してあまり本の入ってない軽い本棚を少し移動させ、もう一度見るが、やっぱりない。
「本ですか?」
「おう、小説。」
「タイトルは?」
「『女教諭の危険な夕方』。」
 勿論ジャンルは言わずもがな。
「…兄様」
 何だ?と、問いだす前に俺の手元に鉛筆が突き刺さった。
 こんな芸当まで教えたのかと、内心上の弟に毒付いた。
「此処は析羅兄様みたいに『何つーもん買っとるんじゃ貴様――!』って、首絞めるべきですか?」
「いや、なるだけなら穏便に済ませてくれ…お前までアイツみたいになったらお兄ちゃんもたないよ。」
 あの鬼神が二人になったらそれこそ俺(と父ちゃんと爺ちゃん)の身がもたねぇ…!!
 そうですか、と志爛は笑顔に戻った。
 だがアレの事だ、きっと析羅に報告するなり何なりして夜には俺の地獄が待っている。
「それって、どんなお話なんですか?」
 志爛はふとそう聞いてきた。
「お、志爛お前もそう言うのに興味持ち始めたのか?」
 ニヤニヤと、俺は志爛の方を見た。
「いえ、言ってみただけです。」
 即否定された。
 考えりゃ未だ小学生の野郎がそんなもの興味持てる訳ないか。
「何やってんですか蒼伊さん。」
 暇つぶしに来たのであろう、水寿君が家を訪れた。
 鍵は開けてあるがせめてノックぐらいしてくれ。
「失くした小説を探しているみたいですよ?」
 お茶淹れましょうか?と志爛が問いかけると水寿は結構と首を横に振った。
「それってコレの事ですか?」
 そう言って水寿君は鞄をあさり、一冊の本を出した。
 薄紫のカバーをかけられた文庫本サイズ。カバーを捲れば探していた『女教諭の危険な夕方』であった。
「掃除の手伝いで紛れたみたいで、返しに来たんです」
「わぁ〜! ありがとう、マジでありがとう水寿君!ナイスだアンタ!!」
 感涙した。
 水寿君は俺の顔を見る。背丈177の彼とは殆ど同じ視線になり互いの視線が合った。
「誰がいつ『自分が見つけた』なんて言いました?」
 彼の口の端がゆがんだ。
 同時に、嫌な予感が走る。
 廊下の向こうからどす黒いオーラが流れてくる。
 殺意に似通った強大な殺気。
 こんな殺気、奴しかいない。
「アイツの鞄に入ったみたいですので、頑張ってください。」
 親指をグッと立てて「健闘を祈ります」と、水寿君は志爛を連れて部屋を出た。
 嫌な汗がダラダラと流れる。
 襖の隙間からゆっくりと見える、鬼神と化したアイツ。

 ――夕方の地獄を、垣間見た。

――――――――――――――――――――――――――

 ――対を示すもの


06.白い華、赤い華

 その白い肌から、血が溢れ出た。
 自分の手には刀。
 彼女の漆黒の着物から見える白い肌。
 其処から線を引くように見えた赤色。
 彼女の後ろには呆然と立ち尽くす、自分と同じ顔。
 自分は目を丸くした。

 …何故彼女がアイツの前に回った?

 庇うように
 俺の刃をその身に受ける。
 自分を犠牲にして
 アイツを守った。

 何故だ?
 何故お前の人生はソイツを護ることで終わらせる?
 アイツを護らなければお前は生きられるのに
 俺もアイツが殺せればそれで終わったのに。

 何で――――
「かず、さ ダメだよ……」
 僅かに口を開いた。
「殺したら、折角築いたもの、が なくなっちゃう…」
 俺はソイツを殺せたらそれでよかったのに
 何故お前は俺の前に立った?
 何故お前は俺の刃を真っ向から受けた?

「             」

 口を少し動かして、最後にアイツは淡く微笑んだ。
 そして、眠った。
 起こす事の出来ない眠りに就いた。
 刀を持つ手が、震えた。

 お前は最後なんて言った?
 俺に何を望んだんだ?
 何となく、予想はついている
 でも
 でも

 それはお前がいなくては出来ない事で

「らい、は……っ」
 俺はお前を殺した
 愛しいお前を
 この手で
「―――――――――ッ!!」
 悲痛な声と共に壊すことしか出来なくなった

 お前は俺に望んでいたけど
 お前を消してしまったこの世界じゃ
 それは到底叶う事ではない

 ――『貴方だけは幸せになってね』なんて言葉はもう通用しない。

――――――――――――――――――――――――――

 ――気にしていることを言うのは野暮なものだ。


07.禁句 (神剣析羅)

 俺の禁句と言うものは、基本自分が気にしている…世に言う『コンプレックス』と呼ばれるものらしい。
 確かにそれを聞いて怒る単語といえば

『チビ』
『ガキ』
『神経質』
『古臭い』
 その他諸々

 全て自分が気にしている事にあてはまっているものばかりである。
 まぁ身長は年を取っていけばおのずと伸びていくし、年齢上『餓鬼』と呼ばれても不自然はない。
 神経質も古臭いも良い方にとって考えればそれで済む…
 それで済む筈なのに、頭で理解する前に手を出している自分がいる。
 手を出すつもりはなかったのに、無意識に攻撃している。

 その癖は16になった今も直ることを知らない。
 否、直そうとしていない。
 直そうと思って直らないものと理解しているから。
 それは諦めに近い心境だった。

 ――そしてこれからもそれが修正される事は無い。

――――――――――――――――――――――――――

 ――風と土砂降りと


08.嵐の憂鬱 (赤杜紋火)

 台風が上陸した。
 この様子だと今日は学校がないだろうとぼんやりと思った。
 硝子戸越しに台風状況を見る。
 軽いものは宙を舞い、風の強さが窺える。
 テレビを見れば台風情報が相次ぐ。
 大人の方はこんな日でも仕事だろう、大変だなと自分が高校生でよかったと切に思う。
 しかし学生でも仕事をしなければならない野郎がいることをオレは知っている。
 自分より一つ上で、去年までは見上げないとオレの顔が見れなかった男。
 そんな男の背中をオレは時々見ていた。
 10万人もの重圧を撥ね退け
 数多い部下に対し気さくに応じ
 父がしでかした過ちを世界各国に回って償っている。
 例え生んだ親は違っても

 ――親の過ちを自分の責務にするあたりは、やっぱ兄弟だと思った。

――――――――――――――――――――――――――

 ――俺は貴女を護ると決めた


09.決断 (縹水寿)

 兄の棺を見て、貴女は泣いた。
 愛しい人がいなくなって、貴女はただ涙を流した。
 俺は貴女のそんな顔を見たいわけじゃない。
 笑って欲しい、そう切に願う。

 でも今貴女は泣いている。
 愛しいアイツを思い出して泣いている。
 あんなヤツの何処が良かったんだ。

 いつもフラフラ遊んで、借金をしまくって、就職活動すらしないあんな野郎の、何処が。

 睨むように棺を見下ろした。
 それでも、あの人はそんな兄貴を想って泣いているんだ。
「幸せ者だな、お前」
 悪態をつくような低い声で、呟く。
 泣くあの人を横目で見て思う。

 何故貴女が不幸にならなければいけないんだ。

 それを背負う事は出来ないのか、俺には?

 泣く泣くあの人を見て決意する。
 俺はあの人の笑顔を護ろう。
 あの人の不孝を俺が全て背負ってみせよう。
 忠誠に近いあの人への想い。
 叶う事が望めないなら

 ――あの人が気付かずとも、ただ笑ってくれればそれで良い。

――――――――――――――――――――――――――

 ――俺はお前に勝てない、…敵わない。


10.越えられない壁(鉄社雷)

 朝。
 いつもの時間に目が覚めた。
 見慣れた天井、住み慣れた空間…
 カレンダーを見れば、本来の自宅ではないこの家に住み始めて5年が経つことに気づく。
 寝巻きの浴衣から私服に着替え、部屋から出れば微かに香る線香の匂い。
 ゆっくりと歩を進め、仏壇のある和室の襖を開ければ
 ……やっぱり。
 仏壇の前にはあの人がいた。
 可憐な雰囲気のあるその人は、自分の胸の前で両手を合わせている。その手は僅かに震えがあった。
「渚さん?」
「ひやっ!?」
 声をかけられたことにビックリしたのか、肩が跳ね上がる。
「…あ、社雷君。いつも早いわねー。」
 渚さんは動揺した表情で肩越しに俺を見る。その顔は、儚い笑顔だった。
「いえ、貴女ほどでは。」
 この人しかいない空間では俺も普段の鉄面皮を解く。
 渚さんの隣に座って、俺も合掌した。

 ―――二年前、兄・暁が死んだ。

 紛れもない交通事故だった。
 幼い子供が赤信号を渡ろうとした。
 それを見た兄は自分の命を犠牲にして、子供を、庇った。
 人柄の良い兄が死んだと知った時、周囲は涙を流した。
 遠く離れた父母も、親戚も、妻の渚さんも、泣いた。
 何故か俺は涙が出なかった。
 ただ亡骸を信じられないように呆然と見つめていた。

「…確か、俺がこっちに来て三年になるのを記念して買い出しに行った時だったから……もう、二年になるんですね…。」
「そうね………。」
 そう、渚さんは寂しげに微笑んだ。
 身内の俺に負担をかけまいと。
「あ、そろそろ朝食作らないと…」
 傍の時計を見て渚さんは立ち上がり、パタパタと台所へ歩いていった。
 去り行く渚さんから仏壇に飾られた兄の写真に視線を移した。
 ギリ、と歯を噛む。
「オイ暁、何故死ぬことを選んだ?」
 写真立てを持つ手に力を籠める。
「何故お前は、渚さんが悲しむ道に進んだ?」
 写真立てに、僅かな亀裂が入った。

 俺はあの人を愛している。
 あの人は俺と同じぐらい、…いや、それ以上にお前を愛している。
 その壁は決して越えることが出来ない。壊すこともままならない。

 ――どう足掻いても、お前の代わりになる事は許されない。

――――――――――――――――――――――――――